自己紹介

1983年生まれ。兵庫県在住の既婚者(嫁1人、息子1人)です。

2015年6月に生れた息子がかわいくて仕方ありません。
ぷにぷにのほっぺたをかじったりしてよく嫁に怒られます。

血液型はAB型。
イラチ(死語?)な性格で重箱の隅をつつくのが几帳面に見えるのか、よくA型と間違われます。

特徴は器用貧乏。
大学時代、恩師に『君はなんでもできるけど、彼女だけはできないね』とよくイジられました。
結婚できて本当に良かったぁ・・・

かなりの人見知りであるはずなのに、不思議と『縁』には恵まれて、大学時代、初就職の会社、現在の職場、それぞれで尊敬すべき人との縁をつなぐことができました。
(本腰を入れてやり始めたネットゲームでも、必ずと言っていいほど、上級者の方に出会っていろいろ教えてもらえました)

なので、なんとかこのブログを介して友達を作りたいなぁ~と妄想しています。

 

好きな『ことば』

自然自由自在

座右の銘です。(たぶん造語?)
恩師にはいつも『自由とはなんぞや?』と聞かれ続ける大学生活でした。
僕にとっての一つの答えは、この『自(オノ)ずから然(シカ)る、自(ミズカ)らに由る、自(ミズカ)ら在る』という言葉。
自分がそうだと思ったことをちゃんと自分の意志で選ぶからこそ、自分として立つことができる。

現在の社会は、ものすごく便利になった反動で、『自分の意思で選ぶ』ということがすごく減ってきたのではないかと思います。
選ぶためには、ちゃんと知識を蓄えなければならないでしょう、誰かと意見をぶつけることになるかもしれません。
それでもなお、自分の人生を生きるためには、そこに確かな『自分の意志』が必要だと思っています。

 

他人と過去は変えられない、自分と未来は変えられる

一社目に就職した会社の社長から教わりました。
基本的に、やってみたい!と言ったことを即OKしてくれる懐の深い会社だったので、とても印象に残っています。
新しいことにチャレンジして、どんどん変わっていける人間であり続けたいと思います。

 

やってみせ、言ってきかせ、させてみせ、ほめてやらねば人は育たじ

一社目で制作部から営業部へ転属となった際の上司に言われた言葉です。
まさしく自分でどんどんやって見せてくれる人で、理屈っぽい自分にとっては『まず動く』精神をたたき込んでくれた人でもあります。
まだまだ、人を育てる器はありませんが、5年10年先に後進を引っ張っていけるだけの行動力を持ちたいと願っています。

 

趣味

テレビゲーム

ファミコン~スーファミ~ゲームボーイ~プレステとしっかり歩んできましたが、親父が厳しく『ゲームは1日1時間』の家庭で育ちました。
その反動で、大学生時代は1日8時間くらいがデフォルトになりました。
圧倒的なFF派で、一番好きなゲームはファイナルファンタジーⅩ。ちょうど浪人生の年に発売されたため、プレステ2を購入する許可が降りず、アルティマニアの赤本と青本をこっそり買ってきて、内容を妄想しながら受験勉強に励みました。
センター試験の点数で後期日程の受験をしたため、前期日程の大学入試が終わった帰り道で本体とソフトを購入。そのままぶっ通しでまる2日かけてクリアし、エンディングでは号泣しました。

 

アニメ鑑賞

上記の流れに酷似していますが、大学生になり有り余った時間を、TSUTAYAの1日100円レンタルに費やしました。
10本借りて夜通し鑑賞、10時にTSUTAYAが開店する直前に返却BOXに投函し、次の10本を借りる。
機動戦士ガンダムを無印→Z→ZZ→W→…と順番にハシゴしました。
とくに好きなのは『08MS小隊』。何かの雑誌でロミオとジュリエットのように書かれていましたが、お約束って大事だと思いませんか?(笑)

 

映画鑑賞

上記の流れに(ry
ホラーと悲恋もの以外であればジャンルに関わらずよく見ます。
悲しいけれど、前を向いて歩こう!って、感じの作品は、見終わったあとどうしても引きずってしまってダメです・・・
それよりスポーツ系とかアクション系とかのスカッとするやつをみて、よし明日も頑張るか!ってなもんです。

ジブリは『もののけ姫』派。
中学時代にダダハマりして、10回以上映画館に通いました。
一時期、最初から最後までセリフを暗記していて、友人から非常に冷たい目で見られたのを覚えています。
大学時代は、肘掛けの取り合いが嫌で自宅鑑賞派でしたが、近年?の映画館の3DCGの圧倒的な迫力に衝撃を受けて、また通い出しました(アバターまじですごかったですよね!しかも、今の映画館は席の予約もできるしスペースも広い♪)

 

大河ドラマ鑑賞

もともとそこまでドラマを見る方ではないのですが、ずい分昔、お正月の特番(今もやっているんでしょうかね?)で12時間くらい放映される時代劇で、渡辺謙が主演した『壬生義士伝』を見て号泣。時代劇が一気に好きになりました。
おなじく渡辺謙の出ている大河ドラマ『独眼竜政宗』や唐沢寿明や松たか子の出演していた『利家とまつ』など、有名どころを受験勉強の合間に見まくっていました。
最近は、『来週に続く!』というのが待てないので、DVDで借りるか、すべて録画したものを正月休みに一気に見るのが恒例になっています。
休み明けの仕事で『~ぜよ』とか言いそうになって危ないです。

 

バイク

大学時代は完全な引きこもりでしたが、あそこへ行っただなんだと写メを送ってくる後輩に感化されて、社会人になってから自動車免許&バイク免許を取得しました。
定時で帰えれる勤務先と超近場の教習所に助けられてなんとか取得しましたが、学生時代に取得しておくべきだったと強く思います。

ともあれ、早速購入した相棒は中古で買ったスカイウェイブ250のSS。
マフラーが改造してあったため、エンジンを回してしばらく走った時に抜ける空気が拳銃の発砲音のように景気よく『パーン!!』と鳴る、なかなかピーキーなやつでした。
僕に知識がなく、ろくにメンテもしなかったせいで、初めての長距離ツーリングで本州最西端の毘沙ノ鼻(びしゃのはな)へ僕を連れて行ってくれた後、長崎の地に眠ることになりました。

もうバイクなんて乗るもんかと思いましたが、部署が変わり仕事のストレスに10円ハゲができだした段階で、次の相棒を探すことに。
悩みに悩んだものの、最初の相棒と同じスカイウェイブ250を購入、こんどはMタイプにしてみました。
嫁の出産や、生まれたばかりの息子の育児など、なかなか時間が取れず、ここ半年はご無沙汰でしたが、やっと息子が生後3ヶ月を超え、夜に寝てくれるようになったので、これからは月1回くらいのツーリングは許してもらえるよう、嫁に交渉中です(笑)

 

略歴

~浪人時代

ほどほどの成績となんとなくな運動神経で可もなく、不可もない小・中・高の生活を送りました。
塾にも行かず、小学校のサッカー教室以外とくに習い事もせず、公立の学校へ通っていたので、わりとお財布には優しかったのではないでしょうか?
それまでなんとなく進学してきたこともあり、大学もなんとかなるだろうと思っていたものの、本命の関西の大学はあえなく玉砕。
滑り止めの地元の大学は受かっていたものの、大学生活を送るにあたってどうしてもやりたかったことがありました。
それは『一人暮らし』
自分の力だけで生活したい、とかなんとかもっともらしいことを言っていましたが、実のところ、彼女作ったり遊び歩いたりする大学生活送るには、一人暮らしって必須だよね!という心の叫びに従っただけです。
せっかくなんとか親の許しをもらって始まった浪人生活も、予備校のすぐ近くにあった『10円で遊べるゲームセンター』という魔の巣窟癒やしスポットのおかげで、苦労の連続でした(完全なる自業自得ですね)
1年目は本命の大学以外、滑り止めの私大も後期日程の地元大学も合格たのに、二年目はそのすべてに落ち、本命の前期日程の大学のみ受かるという、心臓に悪すぎる結果でなんとか大学生になることができました。

 

大学時代

いよいよ始まったオタク生活大学生活。
一日中ゲームをしたり、1日100円の旧作アニメを借りあさったり、間違いなく『引きこもり』といっていい生活をしていました(笑)
特に没頭したのがネットゲーム。
『モンスターハンター』と『ファイナルファンタジーXI』はそれぞれ数百時間を費やしました(廃人というほどの一流プレーヤーにはなれませんでした)し、無料のMMORPGはちらほらつまみ食いしました。
そのしわ寄せが来るのが『成績』
授業に行くのは最初と最後だけ。
2回生終了時で、上限90単位中、42単位しか取れておらず、卒業が絶望視されていましたが、3回生をほぼ全取りで挽回。
ここで気が緩み、4回生前期も撃沈し、なんと最終学期に24単位中22単位の取得が必須というギリギリの橋を渡ることに・・・
さらに、授業の申請を間違って、全く関係のない授業を受けていたことが試験会場で判明(試験の座席表を見て自分がいなかった)22単位中22単位取らなければならない状況となり、まったくもって生きた心地のしない1週間を過ごしました。
(この期間のことは今でもたまに夢に見ます。やばい!授業のノート探さないと!と(笑))

そんなこんなで、大学に行きまくっていたので、周りが必死になっている『就職活動』を早々に断念、まずは卒業を最優先にしつつ、就職浪人時にできるだけ苦労しないように手に職を付けようと探したのがパソコンスクールです。『ものをつくる』仕事につきたかったけど、ゲームの専門学校に行くだけの学費を捻出できる気がしなかったので…

実はこのパソコンスクールを運営する会社こそが、僕の初就職の会社です。

カウンセリングに力を入れているスクールで、他のパソコンスクールの初回面談が1時間(カウンセリング30分+模擬授業30分)程度だったのに対し、このスクールでは気が付くと4時間喋りまくってました。
『なんか変な学生キタヨー』と運営会社の人間に話が伝わり、じゃあうちでも話をきいてみるか、と面談セッティング。
ここでも何を思ったのか3時間しゃべりまくり、『大学4回生なら暇でしょ?バイトでも来ない?』と誘っていただき、就職浪人時のアピールに『パソコンスクール通ってました』より『パソコンスクールの運営会社でバイトしてました』の方がアピール強いんじゃあ?との打算もあり、かつかつの授業の隙間をぬって働いていました。

就職難と言われる時代に、エントリーシートの『エ』の字もない就職活動となりました(笑)

 

1社目 ~制作部時代~

アルバイト時代は、Web営業のサポートとしてテレアポをしたり、アクセス解析の資料を作ったりしていたので、そのまま制作部門に配属となりました。
部門別に7つの自社サイトを運営していたので、実際の制作作業というよりはいきなりディレクションをメインで実施することに。
とはいえペーペーなので、あんなことやってみる?こんなこと覚えてみたら?にチャレンジしているうちに、プログラマーやネットワークエンジニアの業務もかじりました。
人事異動のタイミングが重なって、急に自社のスクールのメンテナンスを一手に引き受けることになった時期もあります。
1部屋20台程度の教室も各拠点を合わせると200台を超えるPCを、ちょっとずつメンテナンスし続ける日々はさすがにキツかった。
教室1部屋増えるから、と一人拠点に泊まりこんで、梱包の開封とソフトのインストールをやったのも今となってはいい思い出です。汗。

 

1社目 ~営業部時代~

この会社では、本当に様々なことに手を出させていただきました。
しかし一方で、『1人の制作者』として自分を振り返ると、どの技術もひじょうに浅い知識と言わざるを得ない状況でした。
Webディレクターは、各スタッフの仕事内容をざっくり把握できていればまずはOK,なんて話も聞きますが、もう少し将来にむけたキャリアプランが必要なのではないか、と急に焦るようになりました。
内部スタッフがディレクション、外部スタッフ(外注)が制作、という体制の制作部でいまさらコーダーやデザイナーとしてスキルを下積みするわけにもいかず、ならばせめて『薄くても幅広い知識を活かした提案力を磨こう』と営業部への転属願を提出。

無事に願い叶って営業になったものの、Webの営業ばかりできるかと言われると、そうは問屋がおろさない!
Web営業に加えて、教育機関向けに情報・資格・キャリアの授業運営の営業も実施することになり、てんてこ舞いの一途をたどりました(笑)

それでも、『自分自身のキャリア』を考える、という意味では、就職を目指す学生に触れることがとても良い刺激となり、楽しい営業生活を送ることができました。

 

2社目~現在

制作部で4年、営業部で4年働き、いつの間にか30歳を超えるにあたって、そろそろ身を固めるべきか、と婚活を開始。
上司や後輩に合コンをセッティングしてもらったり、悪友とシングルスバーに行ってみたり、出会い系サプリに手を出してみたり、あれやこれやと手をつくし、意外と空回りしまくるなぁと心が折れそうになったところで、今の嫁と出会うことができなんとか結婚。

ここで考えるのが、自分の将来。

自分がやりたいことはやっぱり『ものづくり』。
営業兼Webディレクターとしてもう一歩ステップアップするためには、もう一回ここで制作技術を学び直したいし制作系の会社に転職しようかなぁ~、と思っていた矢先、今の会社の上司に出会いました。

そんなちょうどのタイミングに、自分でブログを書いてみたり、WordPressを触ってみたりと貪欲な上司と、1社目以上に自由度の高い会社への『縁』がつながる自分の不思議な運にとても感謝です。

さすがに4年現場から離れていると、想像以上に制作技術を忘れている自分に驚愕し、学び直し&新しい知識も詰め込んで、右往左往しながらも半年が経過。
そろそろちゃんと、自分の『技術』と『想い』を棚卸ししないとなぁ~ということで、このブログを始めることにしました。

まだまだ勉強中だし、昔の知識とごっちゃになっているところもありますが、自分が困って検索し、たくさんの先輩方のWebサイトやブログに助けてもらっているように、すこしでも誰かの助けになる情報を提供できるように、仕事と育児に支障ない範囲で頑張っていきたいと思います。